【第2回】試験で人生が決まる社会はどこから来たのか?
前回、日本の受験制度は批判されることも多い一方で、「努力が結果につながりやすい仕組み」とも言えるのではないか、という話を書きました。
では、そもそもなぜ日本や東アジアでは、ここまで「試験」が重視される社会になったのでしょうか。
その背景には、中国で1300年以上続いたと言われる「科挙(かきょ)」という制度があります。
科挙とは、官僚を試験によって選抜する制度です。それ以前の社会では、身分や家柄によって役職が決まることが多かったのですが、科挙では基本的に試験の成績によって官僚になる道が開かれていました。
つまり、身分ではなく、学問によって人生が変わる可能性が生まれたのです。
この制度は長い年月をかけて周辺地域にも影響を与え、「学問を修め、試験で評価される」という文化が東アジア社会に根付いていきました。
日本の現在の入試制度は科挙そのものではありませんが、「試験で評価され、努力によって進路が開ける」という考え方には、その歴史の影響があると言われています。
こうした社会では、家庭や地域でも「勉強すること」が重要な価値として共有されやすくなります。結果として、教育を重視する文化が長く続いてきたとも考えられます。
もちろん、試験制度にも問題点はあります。点数だけで評価される苦しさや、過度な競争など、改善すべき点も少なくありません。
それでも、「努力によって未来を切り開ける」という考え方が社会の中に残っていることは、大切な側面でもあるのではないかと思います。
では、そのような社会に生きる私たちは、学べる環境をどのように活かしていけばよいのでしょうか。
次回は、「学べる環境にいる今、何を大切にするか」というテーマで考えてみたいと思います。
次回予告
学べる環境にいる今、何を大切にするか